2019年 1月 ~ 4月

2019年初めての出来事になってしまいました。昨年も年の始まり4か月は怒涛のように過ぎてしまい、4月が最初になってしまったことを反省したのにも関わらず・・・2倍の反省しきりです。今回は、LFHC (ラオ・フレンズ小児病院)の4周年記念、そして、姉妹病院でもあるカンボジアのAHC (アンコール小児病院)の20周年記念の話題を中心にお届けいたします。

毎年1月は、ホリデーシーズンから一変して、怒涛のように時間が過ぎます。それというのも、フレンズ (フレンズ・ウィズアウト・ア・ボーダー)の最初のプロジェクトであるAHCの開院記念と、現在取り組んでいるLFHCの開院記念式典とが同時期に行われるからです。各国からのお客様・サポーター、そして、アメリカと日本からの理事の皆さんなど、たくさんの方々が年に1度集まる時でもあります。特に今年は、AHCの20周年記念ということで、いつもにも増して多くのゲストがお越しくださいました。私にとってもAHC20周年はとても感慨深いものがありました。








式典の会場は病院の待合所をアレンジして設置されました。いつもは患者さんでいっぱいの待合所は早朝から各国からのお客様で埋め尽くされ、非日常的でスペシャルな雰囲気に。日本からのゲストも80名近くお越しになるという予定でしたので、フレンズJAPANからもスタッフ2名を動員し、対応に当たりました。カンボジアでは、こうした式典には僧侶にもご参列いただくのが恒例です。お招きした7~8名の僧侶がステージ上に着席されると、カンボジア人スタッフの間にはピンとした緊張感が走ったように見えました。

式典の開始が宣言されると、美しい踊り子さんによるアプサラダンスの披露へ。流れるような優雅なダンスが、会場内に神聖な空気を醸し出してくれました。また、ステージ上には、カンボジアの保健省・外務省関連大臣や、シェムリアップ保健局局長、前院長、創設者の井津建郎、理事の皆さんなども着席され、国を挙げてのプロジェクトという認識が浸透していることを実感しました。

他にも会場にはボランティア経験者など懐かしい面々もお集まりくださり、式典開始前の時間はまるで同窓会のように、あちらこちらで歓声とハグ、そして写真撮影でした。

式典の中でも、勤続20年スタッフの表彰がとにかく胸に響きました。一人ずつ名前が呼ばれ、ステージへ。その姿を見ていたら、一人一人の20年前のあれこれが昨日のことのように頭に浮かびました。「薬の計算が全然できなかった子だったなぁ」「英語が苦手だったけど、頑張ったなぁ」「この子が、腋下と直腸の体温の違いを患者さんでチェックしちゃって、教科書と違います!って言ってきた時には仰天したなぁ(苦笑)」「あ!この子は、勤務前のスタッフパーティで大酒飲んじゃって、夜勤できずに病院の隅で寝かせたことがある!ふふ」などなど、思い出が次から次へと溢れてきました。当初は安月給で生活も大変だったろうけれど、それでも、フレンズの目指すゴールに向けて辛抱強く頑張ってくれたと思います。そんなことが頭にいっぱい浮かび、涙も溢れてきてしまいました。

ウルウルなんてそんな軽いものじゃない感慨深さと、積み重ね=歴史を実感。みんな年を取ったし、しわも増えましたが、AHCにはなくてはならない存在となりました。大きく飛躍し堂々とした姿、それが、歴史の結果ですね。思い出して、また泣けてくる・・・。














院長のピエクトラ医師も開院当初からのスタッフの一人です。院長のような責任ある立場になるであろうことは、20年前からみんなが感じていたことだと思います。スピーチはいつまで経っても上手くならないけど(苦笑)、フレンズのスローガン“Compassionate care”が地で行けるスタッフの一人です。スピーチが上手くならないのも、気持ちが先に出てしまうからなのですよね。でも、そこが彼なのです。

20年、全くブレずに来てくれたことが、今のAHCの大きな宝の一つだと思います。500人のスタッフの頂点で、いろんな苦悩に頭を悩ませながら日々前進しているようです。日々、病院の運営に関わりながら、現場を理解し続けるために、診療も欠かしていないと言っていました。そんな彼の背中を見て育つスタッフがたくさんいることはとても頼もしいです!







記念式典の締めくくりは、宴会と恒例のダンス!ダンス!ダンス!院長も汗だくになって踊りまくりです(あまりリズミカルではないのですが・・・笑)。ここで1年の疲れを発散し、頑張りを称え合います。そして、たくさんのサポーターの皆さんに感謝の気持ちをこのパーティから感じていただけたらと、スタッフがおもてなしをします。スタッフの一人としておもてなしをする院長の姿は、AHCの主となり、大黒柱となった風格を備えていました。20年、ここまで来られるとは本人たちも思っていなかったのではないかと思います。でも、これがゴールではありません。次の20年を目指して、今日からまたスタートですね。頑張れ!みんながずーっと見守ってるからね!!







LFHCは4周年記念でした。よちよち歩きから、ちょっと自我が芽生えてくるお年頃ですね。これまでに得たことを自分の頭で考えるようになる時期だと思います。この時期をうまく通過すると、成長も大きくなる大事な期間ですね。カンボジアの時もそうでしたが、当初は、自分たちで決断して前進するには何年かかるんだろうと、見えない未来に少々へこんでしまうこともありました。それがいつしか、見える未来に!気が付かぬうちに成長しているものですね。カンボジアとは違った色ですが、ラオスでも蕾が開きかけてきました。


この式典後に任期を終えたサイモン院長


ずっとLFHCを応援してくれているルアンパバーン保健局局長のアンポン氏


フレンズ創設者の井津建郎

病院の式典は、眠くなってしまうようなスピーチはできるだけ短く、子供が楽しめる空間を作ろうというのが、開院当初からの方針です。今年もラオス人歌手のエンターテイメントや、プレイグラウンドの開 放、おやつのサービスで楽しんでもらいました!




おやつ!みんな美味しそう!


ルアンパバーン出身の歌手トゥリーさんが自作の歌を披露してくれました

毎年ラオスの式典にご参列いただいている大宮西ロータリークラブの皆さんが、今年は歯科教育をしてくださいました。子供たちは興味津々で、続々と集まってきました。子供たちもロータリーメンバーもノリノリ!楽しく学ぶと身につきやすいですから、きっとこの子たちは虫歯0になってくれることでしょう。来年は何をしてくださるか!?今から楽しみです。





LFHCのスタッフたちも段々、自分たちが担っていく病院だという自覚が出てきたように思います。ジャイディもすっかりスタッフの一員になりました。イベントには欠かせないメンバーですね!5周年記念に向かってLet’s Go!!



サラセミアトレーニング
サラセミアは、遺伝性の血液疾患です。不完全な赤血球を作り出してしまうことで貧血となり、輸血が欠かせません。病状を把握するためには定期的な通院が必要で、通院のための交通費や輸血用の血液を購入する費用は、患者さんにとって大きな負担になります。その結果、通院や治療をあきらめる患者さんも出てきてしまうのが現状です。

一昨年、フレンズJAPANが行ったクラウドファンディングでは、この経済的負担を軽減させてあげたいということで資金を募りました。定期的な診療を可能にできないかとあの手この手で探っている中、新しいアイデアとして浮かんだのが、このトレーニング。地域の医療施設スタッフにサラセミア患者対応のためのトレーニングを提供し、LFHCと同じクオリティの医療を各地域で受けられるようにしようという試みです。安全な輸血の方法や、注意事項、LFHCへ転送すべき状態などを中心に、まずは患者さんが多くいるナンバック郡病院の医師1名と看護師1名が受講しました。

こうした試みは、単に患者さんの交通費を節約するだけではなく、地域との連携を強化するためにとても効果的で、サラセミアに限らず協力体制を構築することにつながると思います。どんな場面においても、お互いに“知り合う”ことが、良いコミュニケーションには大事ですね。トレーニングは引き続き実施する予定です。


中央の白いユニフォーム2名がナンバック郡病院からのスタッフ

新生児救急蘇生トレーニング
LFHCのスタッフが、隣接する県立病院の産婦人科スタッフを対象に、新生児の救急蘇生トレーニングを行いました。新生児の死亡率は適切な蘇生によって下げることが可能です。LFHCは小児科ですので、診療の対象は出産後となります。その前の分娩に関しては県立病院にゆだねるしかないのですが、特に、出産直後の対応は大きなキーとなります。県立病院の産婦人科とはこれまでも話し合いを重ね、出産に立ち合う看護師をLFHCから配置したり、分娩室とLFHC間で電話が通じるようにしたりと工夫をしてきました。このトレーニングも、その一環です。産婦人科で働くスタッフが蘇生スキルを習得することで、一秒でも早く蘇生に取り掛かれるようになります。

トレーニングを受講したスタッフに話を聞くと、小児科医として長年従事してきたスタッフでも、新しい知識や技術が盛り込まれていて、とても参考になったと言っていました。経験が長くなると新たに学ぶ機会が減ってきてしまいますが、人生日々学びです。シニアになってもなお、学ぶチャンスに感謝する姿勢は持っていきたいですね。そして、このトレーニングで救われる命がたくさん増えることを大いに期待したいと思います。


マネキンを使っての実習風景

式典など特別なイベントはありましたが、通常業務はもちろん、スタッフの教育もしっかりと行われていました。その一つが、感染予防トレーニングです。院内感染の予防には欠かせない知識で、日々よく耳にしていながら、実際に実践できていないことが多々あります。スタッフ一人一人が予防のための行動を励行しなければ、院内感染の抜け穴ができてしまうのです。頭ではわかっていても・・・ということなのですが、こうして、みんなで実践を交えたトレーニングを繰り返し行うことは、行動変容につなげるきっかけにもなります。実際に、スタッフの手洗い励行率がずいぶんと上がったようです。
引き続き頑張ってもらいましょう!





スタッフ紹介
これまで患者さんのお話を伝えることが多かったのですが、スタッフの人数が100人を超えて久しくなりますので、どんなスタッフが皆さんのご支援の元で働いているのかを少しずつご紹介していきたいと思います。今回は、上記の感染予防トレーニングで指導をした、感染管理担当のスーピンダ看護師です。彼女は、お隣の県立病院の内科病棟で20年以上も働いてきましたが、子供が大好きで小児科に関わりたいと、3年前にLFHCへ応募してきたのでした。

最初は病棟で働き、小児医療と看護を経験した後、LFHCの感染管理担当となりました。この写真を見てわかるように、今の仕事がとても気に入っていてエンジョイしているようです。特に、自分も看護師なので、看護師の仲間が感染のことを理解し、認識が上がっていることを実感できるのがとても嬉しいと言っていました。院内では経験豊富なお母さんのような存在です。明るくポジティブな彼女は、指導する立場にとても適しているな、と私は観察していました。持っている才能に気づき、そして、その才能を伸ばせる環境を作ることが人材育成には必須ですね。全体的にスタッフの専門性の新芽が出始めたのが1年ほど前からで、その新芽から本葉が出てき始めました。これからさらに成長し、お花が咲くのもそう遠くはないことを感じます。嬉しいですね。



LFHCの対外担当部長のアナベラがラオスのお正月休暇中に初来日!1月のLFHC式典にフレンズJAPANのスタッフが来ラオスした際、「ぜひ日本にも来て~!」とお誘いし、実現したという経緯です。アナベラの来日は、アナベラに楽しんでもらえたことがもちろん一番ですが、フレンズJAPANのサポーターや理事の皆さんと直接ゆっくりお話する時間が持てたことも、とてもよかったです。やっぱり、ここでも“知り合う”効果発揮だったと思います。すでに再来日をジリジリ~っと洗脳している今日この頃です(笑)。


到着!来ちゃったー!とお茶目なキャラが人気の理由ですね


日本を味わっていただこうとお着物を着て、庭園へ!


フレンズJAPANのオフィスでサポーターたちと歓迎会

毎年1月から4月は、田植えの準備で広範囲な野焼きが行われます。これが、街までモクモクになるほど煙いのなんの。洗濯物にも当然、煤が付きます。今年はなぜか、いつもにも増してすごかったような気がしました。そのせいか、のどと鼻が痛くなり、目が痒かったです。この煙を洗い流してくれる雨季の声が聞こえてきました。待ち遠しい!



季節のお便りにはならないかもしれないのですが・・・我が家にサソリ君が訪問。スルスル~っと草むらからできたと思ったら、人がいっぱいいてびっくりした様子(笑)。ちょっと近寄ったら威嚇のポーズ。そーっと、草むらへお帰りいただきました。おとなしくしててね。



公私ともに怒涛のような4か月でした。でも、こうして人生って前にしか行かないのですね。ならば、前を見て行き(生き)ましょう。どんな経験も必ずプラスになっているのですものね。


  フレンズ・ウィズアウト・ア・ボーダーJAPAN 代表
  ラオ・フレンズ小児病院 看護師               赤尾 和美


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